2024年8月7日水曜日

柄谷行人『世界史の構造』から「一歩前に出る」(1)

 以下は、或るジャーナリストに宛てたメール。

1、その1

「柄谷さんが2000年以来考えて来た交換様式Dの探求をソバで見ていて、何か核心部分が足りない、抜けているという印象がずっとあって、彼もまた、その核心部分の周りをずっとグルグル回っているという印象でした。その穴のような核心部分を「人権」によって掴めることができるのではないか、そう思ったとき、柄谷さんの『世界史の構造』の中に、人権の観点がほぼ皆無なのに気が付き、やっぱり、人権は柄谷さんにとって盲点なのではないかと思いました。
そこから、いわば柄谷さんを鏡にして、人権と交換様式Dの関係を考えてきた、という感じです。
   そうでなかったら、人権のビジョンがここまで膨らむこともなかったと思います。
   その意味で、このブックレットは、別名「人権その可能性の中心」です。その可能性の中心を示唆してくれたのが柄谷さんの「マルクスその可能性の中心」の探求の末に辿り着いた交換様式Dです。」

2、その2

 「実は、あと1つ、キーワードがあります。
階級闘争 です。
「人権」と階級闘争はどういう関係に立つのか?
この問題を考え詰めないと、社会構造の中で客観的に存在する階級闘争を無視して、人権運動だけを唱えても観念論になります。ただし、階級闘争それ自体をどう捉えることが客観的なのかをめぐって、見解が分かれると思うので、人権との関係を考えるのもなかなか難しい。
で、柄谷さんの『世界史の構造』には、人権ばかりか、階級闘争も出てこない、これが私の印象です。
つまり、この2つが柄谷さんの中でまだ未解決の中心問題だと思うのです。
ちなみに、今、レーニンの「国家と革命」を読んでいますが、人権というキーワードでこの本を読み直したらどういう結果が引き出されるか、という問題意識から読み始めたのですが、そしたら、この本は階級闘争満載で、それで、自分が上の問題(「人権」と階級闘争はどういう関係に立つのか?)を考えていなかったことに初めて気が付いた次第です。 」

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