社会主義の立場からすると、 これまで、「今日までのあらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である」(共産党宣言)とされ、階級闘争は社会発展の原動力として位置づけられてきた。そして、ロシア革命はその階級闘争のモデルのようにみなされてきた。
しかし、事実はそうだろうか。
ロシア革命(十月革命)の10月24日から始まった蜂起で権力を掌握したソビエトは、26日の全ロシア・ソビエト大会で「無賠償」「無併合」「民族自決」「秘密条約の破棄」に基づく即時講和を発表し、第一次世界大戦の全交戦国に提案した。これが「平和に関する布告」で、ロシア革命成功後にソビエト政権が行った最初のアクションである。
そして、「平和に関する布告」の中身は「階級闘争」ではない。そのエッセンスは、
(1)、「無賠償」「無併合」という、戦争で誰も勝者、敗者はいない、全員が戦場という舞台から撤退するというもので、どんな階級であろうとも合意が可能な、全ての人たちにとって最前、最良の解決策だった。
(2)、「民族自決」という、自分たちの生き方を自分自身が決定するという「自己決定」を民族に適用したもので、そのエッセンスは普遍的な人権の思想である。
(3)、「秘密条約の破棄」という、民主主義のエッセンスである「情報公開の原則」を外交に適用したものである。
以上の通り、ロシア革命後の最初のアクション「平和に関する布告」のエッセンスは「平和」「人権」「民主主義」であり、そこには「階級闘争」のかの字もない。
そして、この最初のアクションは、単に人気取り(ポピュリズム)ではなかった。ここで彼等は、(全員がそう自覚していた訳ではないが)ロシア革命の真髄であり、今後、この社会運動が進めて行くべき最も核心的な内容を、最初のアクションとして実行してみせたのであり、もしロシア革命が、ここで実践してみせた人権アクションの原理原則を堅持し、その後も粘り強く、一歩ずつでも持続していったならば、その後の世界史は全く違った方向に進んでいったはずだ。
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