2024年8月8日木曜日

広瀬隆「日本の植民地政策とわが家の歴史」第1部から「一歩前に出る」(24.8.8)

 第1部の「日本の植民地政策」の解説は凄まじい。もし広瀬隆があと20年早く生を受け、彼の「わが家の戦前の歴史」を目の当たりにしたなら、彼はそれに耐えられただろうかと思う。私だったら発狂せずにおれない。それくらい凄まじい、おぞましい人権蹂躙の悪徳の累積の歴史をこれでもか、これでもかと情け容赦なく暴き出している。

この意味で、第1部は権力者の植民地支配の悪行・蛮行を知る限り描き出している。

その暴露の凄さ、執念に脱帽した上で、さらに感想を。
それは、この秀作にどうしても物足りない点がある。それは、そこに描かれた「凄まじい、おぞましい人権蹂躙の悪徳の累積の歴史」にどう抵抗したらよいか、手も足も出ないからだ。その理由はおそらく、「凄まじい、おぞましい人権蹂躙の悪徳の累積の歴史」がいわば単線(リニア)の一直線の悪行の連続として描かれているからだ。
だが、実際の悪行は、そのようなリニアの一直線で進行した訳ではなく、ひとつのアクションが他方の(場合によっては複数の)リアクションを呼び起こし、そのリアクションがさらに、当初のアクション行為者に、より突っ込んだリアクションを引き起こして、その相互の連鎖反応の中から事態がどんどんこじれ、紛争が拡大し、紛糾して行き、どうしようもないどつぼの中に入り込んで行く。こうした紛争関係者間の衝突の相互の連鎖の中から出来事が膨らんで行くというダイナミズムが、「凄まじい、おぞましい人権蹂躙の悪徳の累積の歴史」のリアルな姿のはずだ。しかし、このダイナミズムがこの本には描かれていない。

例えば、日清戦争前夜の韓国の動向を決定した国内の要因は、支配者間の2つの権力争い (大院君と閔妃)ばかりか、被支配者側の東学の宗教団体の行動が大きな影響を及ぼした。東学の対応が16世紀の欧州の宗教改革の二大対立(ルターとミュンツアー)と同様に2つに分裂し、ミュンツアーの農民戦争と同じように起こったのが、1894年の全琫準指揮下での甲午農民戦争(東学の乱)。この民衆の一大反乱が韓国の支配者らを震撼させ、なおかつ国外の清と日本を介入し鎮圧の行動に取らせるに至った原因となった。
そして、この時、ミュンツアーの農民戦争の弾圧によりドイツの民主化が遅れてしまったのと同様、民衆側が最も高揚した東学の運動が徹底して弾圧された結果、韓国の民主化は1987年まで、約100年間、先送りされることになった。

こうした民衆側のアクションとこれに対する国内外の権力者たちのリアクションのダイナミズムが、この本には描かれていない。
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なぜ、このダイナミズムにこだわるか、というと、それは前述した通り、
過去の歴史が、「凄まじい、おぞましい人権蹂躙の悪徳の累積の歴史」が単線(リニア)の一直線の悪行の連鎖として描かれていると、それに対し、「もうどうしようもない」という一種の宿命論に陥ってしまうからだ。つまり、
歴史において「一歩前に出ること」が途方もなく困難、不可能ではないかと思わされてしまうからだ。
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私に必要なことは、どのような困難な歴史であろうとも、その中で、こういう挑戦が可能だったのではないか、こうする挑戦をしていたなら、こう行動する余地があったのではないか、そのような別な行動の余地を通じてこうしたら過去は変えられたのではないかという「歴史の可能性を探求」すること。なぜなら、それは単なる過去の出来事ではなく、未来の出来事なのだ。
上の例でいえば、植民地主義に抵抗する「もうひとつの東学の運動」のビジョンを構想する必要がある。だが、この本を読んでいると、日本の植民地主義の「凄まじい、おぞましい人権蹂躙の悪徳の累積の歴史」が単線(リニア)の一直線の悪行の連鎖に対し、手も足も出ないという気持ちに追い込まれてしまう。チャレンジ精神が萎えてしまう。
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とはいえ、この本が描いている日本の権力者の悪行の事実は事実として正面から受け止める必要がある。その上で、この悪行にどう「抵抗」することが持続可能な運動として可能なのかについて、抵抗の可能性について考察する必要がある。そのための考察の可能性を広げるためには、【認識の次元として】権力者と非支配者との衝突の相互の連鎖の中から出来事が膨らんで行くというダイナミズムの中でこれを考えていくことがどうしても必須なのだ。
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そして、世の中には、そのようなダイナミズムの中で歴史を捉えようとした者がいる。それが私を「可能性としての歴史」への探求に背中を押す。
そのひとりがマルクス。それを紹介したのが
渡辺雅男「マルクスにおける階級の概念」  

そのような認識をすれば、戦前の極悪非道の植民地主義の時代にあっても、【実践の次元として】持続可能な抵抗運動のビジョンとして、政治・政策の論理ではなく、人権の論理によって、一歩ずつ前に出る抵抗運動を組織していくという構想を持つべきだし、そのような構想がなお可能だと思う。
そのひとりがガンジー。彼の非暴力・不服従運動の挑戦は人権運動のことだ。

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広瀬隆「日本の植民地政策とわが家の歴史」第2部から「一歩前に出る」(24.8.9)

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